書籍(洋装、和装、図書資料、雑誌)、紙資料(文書、地図、図面、ポスター)、紙作品(版画、デッサン)などの保存修復処置および予防的保存処置

紙の劣化/損傷要因

紙そのものがどのように劣化していくのか、あるいは損傷を受けるのかを化学的要因、生物的要因、物理的要因の3つに分けて説明します。

1.化学的要因
(1)熱
最も分かりやすいのが火災による資料の焼失で、化学的には急激な酸化(炭化反応)になります。酸化反応の際に発生するエネルギーが膨大なため、発光と発熱を伴います。また、あらゆる化学反応は温度が高いほど進行速度が速いため、資料を収蔵しておく場所の温度のほか、太陽光や照明に含まれる赤外線による熱線は、直接的に資料表面の加熱とともに乾燥をもたらす恐れがあるので注意が必要となります。

(2)光
光の中でも高エネルギーの紫外線の影響が非常に大きく、影響を及ぼすものの一つに紙そのものというよりも紙上のインク・色材などの変褪色があります。もう一つに、紙を構成するセルロース自体は可視領域(380nm~780nm)の光には比較的安定しているのですが、機械パルプなどに含まれるリグニンは光(特に340nm辺り)に対して敏感な物質のため、紫外線によって容易に変色し、耐折強さの低下速度が大きくなります。また、光による化学変化は照らすことを止めても、あるいは暗い場所に移してもその変化は続くといわれており、褪色などの不可逆的な被害をもたらします。

(3)酸化
酸素は有機物質を酸化劣化させます。紙の酸化とは、有機物質であるセルロースが空気中の酸素と化合して変質・分解することです。最終的にはセルロース分子内に多くの有機酸(酸性物質の元となるカルボキシル基)を生じて酸性化することとなります。つまり、酸性物質が添加されていない紙でも、時とともに酸性化することがあり得るということです。

(4)酸性化
酸性化の原因となるものとしては、①サイズ(滲み止め)剤、②大気汚染物質、③紙が接しているものからの移行(マイグレーション)などがあります。

①サイズ(滲み止め)剤
サイズ剤として使用されるロジン(松脂)の定着を良くするために用いられる硫酸礬土(硫酸アルミニウム)が紙中に残留することが紙の酸性化の大きな要因となっています。
硫酸アルミニウムの使用によって紙中で何が起こるのか?古くから提唱されていたのが「酸加水分解説」です。セルロース分子の酸加水分解とは、セルロース分子同士の結合部分を酸が攻撃することによって、その部分を切断するという現象です。この現象は酸の量、水の量、化学反応なので温度が高いほど反応速度が速くなります。

②大気汚染物質
石炭や石油の燃焼によって生じる二酸化硫黄と自動車などの排気ガスから生じる窒素酸化物が紙に悪影響を与えます。二酸化硫黄は水分と反応して硫酸を生じ、窒素酸化物も水分と反応して亜硝酸を生じ、最終的には酸素と化合して硝酸となります。アメリカの国立標準技術研究所では文書の保存環境として二酸化硫黄については1μg/㎥(2.6ppb)以下、二酸化窒素については5μg/㎥(9.5ppb)以下としています。

③資料が接しているものからの移行(マイグレーション)
例えば、版画やデッサンなどを額装した際に用いられたマット材料や台紙などの素材が酸性であった場合、作品そのものへと酸の移行が徐々に起こり、作品の支持体である紙に変色や劣化が発生します。また、書籍の場合では軽い気持ちで栞としてページ間に挟んだ質の悪い紙が本文紙を変色させてしまうことや、本文中の別紙図版(ペラ丁)のノド元に短冊状の紙を継ぎ足してその紙を綴じることで図版に直接綴じ穴を開けないようにしているものでは、継ぎ足した紙の紙質が悪いことが原因で図版を変色させていることがあります。

2.生物的要因
(1)カビ・細菌類
紙に影響を及ぼすものだけに限ってもその種類は100種類以上が確認されています。カビや細菌類による被害には、フォクシングと呼ばれる茶褐色の染みやフケ(紙自体の強度低下)などが発生します。フォクシングは、フォクシング原因菌が生成したアミノ酸と紙のグルコースの褐変反応によるものといわれ、フケはカビや細菌が持つセルロース分解酵素によって紙力が低下して吸湿性が増すことによって起こります。
カビの栄養分となるものには、紙、糊、皮革や手垢のほか、ホコリにもカビの栄養分となりうるものが付着していることがあります。

(2)虫・動物
紙資料に害を及ぼすものとしては、シバンムシ類、シミ類、ゴキブリ類、ヒラタキクイムシ類、カツオブシムシ類、イガ類、チャタテムシ類やネズミなどがあります。和本などによく見られるトンネル状に貫通した穴を掘るのはシバンムシ類のフルホンシバンムシやザウテルシバンムシです。これらの虫は、紙のほかに糊、膠やゼラチンなどのサイズ剤、皮革、布などの有機物もエサとします。ネズミは紙そのものを食料とすることはありませんが、資料を齧ったりし、革や羊皮紙などは被害を受ける可能性があります。また、ネズミの尿や腐食性のある糞は染みとなって残ることがあります。

3.物理的要因
(1)自然災害
①地震
地震による揺れのために書棚に配架してある書籍・雑誌などが落下し、本の構造(ジョイントの切断、表紙の分離など)および形態(表紙角の歪みなど)に対する甚大な被害が引き起こされます。

②風水害(水損)
河川の氾濫・上下水道からの溢水・鉄砲水や泥水・生活廃水などによって引き起こされます。水損によって書籍・紙資料にもたらされる被害は、カビの繁殖、変形、ページ同士(特にコート紙)の接着、濡れ染みの発生、インク・染料などの滲みなどがあります。

(2)人的災害
人的災害として考えられるものには、人間の不注意に伴う資料の破損・汚損などがあげられます。具体例を以下にあげます。
①閲覧者の不注意によるもの
印字されているコピー用紙を栞としてページ間に挟んでおいたところ、コピー用紙の文字が本文紙に移行してしまった事例があります。原因は、コピートナーは酸化鉄から作られる顔料にこれを定着させる熱可塑性樹脂を加えたものからできており、この樹脂が何らかの外部要因によって再軟化した結果、インクが本文紙へと移行したと考えられます。(2009年第31回文化財保存修復学会でポスター発表)

②コピーやマイクロ化/デジタル化(スキャニング)時の損傷
具体的には綴じ糸(紐)の切断、ページの落丁や破損などがあります。近年各所で行われているデジタル化事業の中で、業者の中の一部にはコストと作業効率のみを優先させた作業を行うため、資料に対して相当の負荷をかけている例も実際見かけます。このような作業を行う場合には、製本形態・構造を熟知した専門家と協同して行う必要があります。

 

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